「広島かき天然採苗の現状について」講演概要-その3(最終回)

広島湾における最近約20年のクロロフィル量の長期変動は次のようにまとめられます。

  1. クロロフィル量のレベルは沖合ほど低い。A海域(湾奥)>B海域(中間)>沖合(大黒神漁場)
    (広島湾の夏季表層への栄養塩は主に湾奥に注ぐ河川から供給されるためです)
  2. 元からクロロフィル量レベルの低い沖合海域を除いて,長期的にクロロフィル量の低下傾向が見られる。(これまでの湾奥環境の範囲がだんだん湾奥側に狭まっています)
  3. 湾奥と沖合の中間の海域(B海域)で天候の影響を受け餌不足になりやすくなっている。(親貝筏の分布によってB海域の幼生密度が高い傾向がありますが,B海域の餌が少ない状況の頻度が増加しているため,幼生の生残りに影響が出ている状況です)

広島湾の湾奥と沖合の中間海域付近は長期的なクロロフィル量の低下傾向によって,天候の影響,つまり降雨の多い少ないによって幼生の生残りが左右され,採苗不調を引き起こしやすくなっているようです。

餌不足を解消するには,海域の栄養塩レベルを上昇させる,つまり昔の状態に戻す必要がありますが,具体的には,排出規制の緩和やダムの放流などの方法が考えられますが,法律の壁や利害の対立などがあり,水産業側の都合だけですぐに解決できる問題ではありません。かつて,赤潮が頻発していた富栄養化した海から何十年もかかって赤潮の発生しない「きれいな海」にしてきたわけですから,「きれいな海」から「豊かな海」へといっても時間がかかると思います。ただし,昔と違って海域の生産性を制御することは技術的に可能な状況だと思いますので時間がかかっても業界全体で「豊かな海」への意思表示を続ける必要があります。

短期的な解決方法として,幼生の分布を,比較的餌の多い海域にシフトさせることが考えられます。潮流はほぼ規則正しく変化していますので,幼生の分布は親貝筏の分布,つまりどこで産卵が起こるかによってほぼ決まります。

幼生は多いが餌が不安定なB海域より,餌は相対的に多いが幼生が少ないA海域の幼生を増やすことができれば,幼生が生き残る可能性を上げることが可能です。つまりA海域に幼生を供給する場所に親貝筏を設置して産卵させるというわけです。

平成16年の採苗不調を受け,平成17〜19年度に広島県立総合技術研究所水産海洋技術センターでは採苗安定化に向けた研究課題を実施しました。この研究では産業技術総合研究所の協力を得て広島湾の海水流動シミュレーションモデルを用いてマガキ幼生の移動拡散をシミュレートしました。この結果から当時マガキ産卵時期に親貝筏がほとんど存在しない広島湾奥部への親貝筏の設置が効果的だと提案しました。

ちなみに,夏を越す際に親貝筏が湾奥漁場から移動してしまうのは,過去の経験(1960-70年代の頃)に基づいたもので,夏季湾奥の漁場環境がかき養殖に適さないと判断されたためです。江田島湾など島しょ部漁場(ここでいうB漁場)が主な移動先です。

提案した当初は,負担の偏りなどで設置先漁協の賛同が得られないこと,その後の採苗が大きな不調に陥らなかったこともあり業界にすんなりと受け入れられませんでした。しかし,平成26年の深刻な採苗不調で,業界で何らかの対策を,と機運が高まったこともあり,広島かき生産対策協議会の主導で平成27年夏季に広島湾奥部へ親貝筏を設置する事業が実施されました。

平成27年,28年,29年と設置筏の数は年々減少したものの,実際に夏季限定で他所から湾奥の漁場に親貝筏が移動設置されました。平成27年,28年の採苗はなんとか必要量を確保できたため,業界から親貝筏の設置は必要ないのではとの声が上がり,平成29年には設置の効果検証が求められ,この検証業務を私が受託した次第です。

親貝筏の設置の目的は,比較的餌の多いA海域の幼生を増やし,幼生の生残り率を上げることで,採苗成功の確率を上げるということです。

親貝筏設置の結果として最初にデータとして現れるのは,湾奥で産卵が起こった結果A海域の小型幼生(〜150μm)が増えることです。そこで,広島市が調査した平成11年(1999年)以降の幼生調査データをもとに,同日でAB海域いずれかの平均幼生数が1000以上の全ての場合について,B海域に出現する平均小型幼生数に対するA海域に出現する平均小型幼生数の比(A/B)を求めました。(右側グラフ)

湾奥に親貝筏を設置した平成27(2015)年以降,B海域の3倍を超える小型幼生の出現が確認されました。これは明らかに湾奥への親貝筏の設置の結果です。幼生の分布を人為的に変えることができたということです。

過去のクロロフィル量の経過データとも付き合わせてみると,平成27(2015)年はクロロフィル量も低く,以前であれば採苗不調に陥っていたと考えられる状況でしたが,必要量の種苗を確保できました。これは,比較的餌の多いA海域の小型幼生が増加した結果だと考えられます。

ただし,採苗の成功までには別のステップをクリアしなければなりません。平成29(2017)年は,せっかく育っていた幼生が大雨および南風の影響で散逸した(主に湾西部海域に)可能性が高いと考えています。その結果,残念ながら平成29(2017)年の採苗は必要量の1/2程度の確保に終わりました。

採苗の安定化に向けて,我々にできることは限られています。海域の餌のレベルを上げることができれば良いのですが,一朝一夕には無理ですので時間をかけて着実に進めることが必要でしょう。

すぐに効果が現れる対策として,平成27(2015)年から行った湾奥への親貝筏の設置は,採苗成功の確率を上げるうえで一定の効果があったと判断して良いと思います。ただし,業界内には不公平感が強く,負担を公平に分担する仕組み,さらに公平に採苗ができる仕組みを考えていく必要があると思います。

理想を言えば,人為的に親貝筏を移動させるのではなく,湾奥に天然の親牡蠣集団を持続的に維持できるような環境を整備できればと思います。

ここで講演概要の説明は終了です。ご静聴ありがとうございました。

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